

上通アーケードの北、並木坂通りの東側に並行して伸びる通りが上乃裏通りです。この通りに元々あった八百屋や米屋などの間に、古い家を改築した隠れ家的な居酒屋のほか、おしゃれなバー、そば屋、ブティック、ビーズショップ、美容室、お好み焼き屋、アジアン雑貨店などが立ち...

金峰山(きんぽうざん、きんぼうざん)の北側にある「拝ヶ石」と呼ばれる巨石群。最も大きな石は約9mの高さがあり、巨石文明の遺跡ではないかという説もありましたが、その後の調査で、中世の宗教遺跡ではないかと考えらています。岩にペトログラフといわれる古代文字が刻まれ...

本館は、熊本城の二の丸公園の一角にあります。考古、絵画、版画、彫刻、工芸、書蹟など、古代から現代美術までを収蔵、展示。古代の造形美を日本の美術の原点としてとらえた装飾古墳室(そうしょくこふんしつ)が常時観覧できます。企画展、共催展などの展覧会の他に、教育普...

鑑真食堂はお粥と中国茶が美味しいお店です。朝食、ランチ、ティータイムの時間帯に営業しています。それぞれの時間帯にヴィーガン・ベジタリアンのオプションがあり、地元の食材をつかった料理を提供するアジアンカフェです。 *英語メニューあり *英語対応可能なスタッフ在籍...

加藤清正(かとうきよまさ)が入国(1588年) にあたり、熊本城の守り神として勧請し、四百年の歴史があります。白髭(しらひげ)さんと親しまれています。最大の祭りは、毎年2月の最初の午の日に開催される「初午大祭」で、この日に参拝することを「福詣り」と呼び、五穀豊穣...

後藤是山(ごとうぜざん)は明治19年(1886)大分県久住町(現在の竹田市)に生まれました。 九州日日新聞社から国民新聞社(東京)に派遣された是山は、徳富蘇峰(とくとみそほう)から直接指導を受けるとともに、徳富蘆花(とくとみろか)や当時の著名な文化人達の感化を受け...

ハンナ・リデルは明治24年(1891)英国国教会の宣教師として来日し、2年後に熊本に来ました。ある時、咲き誇る桜並木の下にうずくまるハンセン病患者たちの悲惨さに心を打たれ救済にあたる覚悟をしました。 そのため、英国、日本の教会、政財界に寄付を募り、明治28年(1895)...

明治10年創業の歴史あるボートハウス。ペダルボート、手漕ぎボートや屋形船があり、水上から江津湖(えづこ)の風景を楽しめます。併設されているカフェでは、江津湖を眺めながら、食事や喫茶を利用できます。

熊本の武人文化に関する歴史資料や古美術品を収蔵している美術館。特に宮本武蔵(みやもとむさし)ゆかりの武具・遺品、書画などを展示する常設展示が充実していることで知られています。年数回、企画展も開催されます。緑に囲まれた静かな雰囲気で、ギャラリーとカフェが併設...

別名、若宮(わかみや)さんとも呼ばれるこの神社は、建久8年(1197年)河尻三郎源実明が、鎌倉の鶴岡八幡宮の御分霊を勧請したのが始まりといわれます。創建時は富合町小岩瀬(とみあいまちこいわせ)にあったものが、天正15年(1587年)に現在地に移されました。毎年恒例の秋...

小泉八雲(こいずみやくも)や夏目漱石(なつめそうせき)が教鞭をとった旧制第五高等学校(現在の熊本大学)の前身である、第五高等中学校の校舎として明治22年(1889年)に完成した建物です。「ナンバースクール」と呼ばれていた旧制高等学校である第一高(現在の東京大学)...

この建物(母屋)は、江戸時代、庄屋を務めるかたわら質屋・酒屋を営んだ堀内(赤木)家の住宅であるとともに、豊前街道を往来する細川・島津などの大名が休憩所として使用したお茶屋の跡であり、薩摩藩主島津斉彬(しまづなりあきら)と共に西郷隆盛(さいごうたかもり)も立...