

この建物は、熊本洋学校に外国人教師ジェーンズを迎えるため明治4年(1871)に建てられた、熊本県内に現存する最古の洋風建築で熊本県の重要文化財に指定されています。 ジェーンズは明治4年から明治9年(1876)までの5年間ここで暮らし、熊本の若者達を教育し、熊本の近代...

立田山麓にある、熊本藩主・細川家の菩提寺泰勝寺(たいしょうじ)跡です。細川家初代藤孝(ふじたか)夫妻と二代目忠興(ただおき)とガラシャ夫人の墓「四つ御廟(ごびょう)」や、武人でありながら茶道にかけては国内随一といわれた細川忠興の原図に基づいて復元された茶室...

熊本市のほとんどの場所からその姿を望むことができる金峰山は、「東の阿蘇(あそ)」に対して「西の金峰山(きんぽうざん、きんぼうざん)」と呼ばれ、熊本市民に親しまれています。周辺には、夏目漱石(なつめそうせき)の「草枕(くさまくら)」に登場する「峠の茶屋」や、...

ちくわの穴にポテトサラダをたっぷり詰めて天ぷらにした熊本独特のお惣菜。ちくわもポテトサラダも子どもから大人までみんな大好きで、食卓の人気者だった約30年前に誕生。おいしいものとおいしいものを組み合わせれば、さらにおいしいものが出来上がるだろうという、お惣菜...

漱石は4年3か月の熊本生活の間、何度も引越しをしており、この旧居はもともと大江村(現在の新屋敷1丁目)にあったものを移築復元した家です。家主で漱石の五校の同僚であった落合東郭(おちあいとうかく:漢詩人、大正天皇の侍従を務める)が東京勤務の間借りていました。 ...

日本五大稲荷の一つに数えられ、全国的に商売の神様として知られています。毎年2月の初午(はつうま)の日に行われる初午大祭には、商売繁盛や五穀豊穣を願う大勢の参拝者が訪れます。数回に分けて行われる「福餅まき」では、高い石垣の上からまかれる紅白の福餅を拾おうと人々...

熊本市北部に位置する泉源を循環させずに用いた天然温泉。単純温泉で慢性リウマチ、神経痛などに効能があります。露天風呂、サウナなどがあり、家族湯、レストランも併設しています。

※休館中 細川刑部(ほそかわぎょうぶ)家は、細川家三代忠利(ただとし)公の弟、細川刑部少輔興孝(ほそかわぎょうぶしょうゆうおきたか)が正保3年(1646年)に2万5千石を与えられて興したものです。この建物は、その後、子飼(こかい)、現在の熊本市東子飼町で下屋敷とし...

熊本市では最も古い神社で、昔は「たけみや」と言い、のちに「けんぐん」と読まれるようになりました。阿蘇四社のひとつで、電車通りの大鳥居から神社まで続く、八丁馬場(はっちょうばば)と呼ばれる約1200mの長い参道には、加藤清正(かとうきよまさ)の頃植えられたと伝えら...

江津湖は、つながる二つの湖、上江津湖(かみえづこ)と下江津湖(しもえづこ)からなっています。長さは2.5km、周囲6km、水面の面積は約50ヘクタール。一日の湧水量は40万トンです。交通量の多いバイパスや電車通りがすぐ側を通りながら、その豊かな水に貴重な植物や野鳥が育...

明治30年(1897年)、文豪夏目漱石(なつめそうせき)は、友人の山川信次郎(やまかわしんじろう)とともに熊本から現在の天水町(てんすいまち)へ旅をしました。その時に通ったのが、鳥越峠(とりごえとうげ)と野出峠(のいでとうげ)。当時この2つの峠には茶屋があり、有名...

熊本駅と熊本城の間に位置する『新町・古町』地区。加藤清正が熊本城の築城とともに造った城下町で、現在も往時の面影を色濃く残しています。 新町地区は、熊本城の正面にあたり、5つの城門に囲まれた城内町で、短冊形の町割の中には、御家中の武家屋敷と町人町とが混在す...